パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

The Iron Ladyーマーガレット・サッチャー、鉄の女の涙(2012.03.26作成)

3月18日夕刻、ワシントンDC入りした。ホテル近くの映画館の日曜日の最終回、自分を入れて4人の観客だったが、ジーンとさせる映画だった。

 

80年代、私は日本と欧州の経済問題を担当する部署にいた。サッチャー首相は、たった数名の側近を連れて訪日し、第二ボスポラス橋建設を日本企業が落札したのは日本がトルコにODAを供与したからだ、フェアではないと中曽根首相に直談判した。東京サミットの宮中晩さんでは大柄な身体を青いロングドレスに包む姿を見かけた。

 

その後、私がEU(当時はEC)とNATOの本拠地があるブラッセルで在勤していた時、EUやNATO首脳会議に臨む首相を、会議場外や記者会見場で何度もみかけた。加盟国でない国の外交官には、記者会見も情報収集のひとつの手段だった。民主的に選ばれていないEC官僚に政策は任せられないと事務局作成のEC予算案を一人認めない首相。東西冷戦のまっただ中のNATO首脳会議、パーシング2の配備について記者から態度が明確でないと難詰され、I am clear.  Absolutely clear.と気色ばんでいた首相。会議が終わると、2-3名の側近とともに出てきて、自分の車まで歩いていく。車寄せに自分の車が来るのを待つ大統領、首相が多いのに。

 

映画は、労組との対決やフォークランド戦争とともに、夫デニスの幻影を中心に進む。私の中で今も光輝いているあのサッチャーさんが認知症とは。国を想い続けた大政治家をメリル・ストリープという大女優が演じて、夫に迷惑をかけているのではないかと心の片隅に呵責を覚える働く母親には、涙なしには観ることができない映画となっている。

 

2012年、民主的に選ばれ民意を体現するはずのEU諸国の政権は、財政赤字を垂れ流し制御不能となっている。イタリアのマリオ・モンティ政権は、選挙を気にする必要のない学者、テクノクラートのみからなり、赤字退治に大ナタを振っている。サッチャーさんは政権末期、人頭税を導入しようとして、これでは選挙に勝てないと退陣を余儀なくされた。EC官僚相手に民意を盾に戦いながら、民意の限界を最初に知った民主主義国家の政治家かもしれない。

 

階級社会と言われる英国で、中産階級出身の女性が信念を貫き通すには、「鉄」にならざるを得なかったというのが多くの映画評だ。ところで映画館と上映時間を調べてくれたホテルのフロント係の親切な若い男性は、「マーガレット・サッチャーという映画と思うが、正確なタイトルはそうではないかもしれない」という私の説明に、「I know. The Steel Lady.」と言う。「Steel? The  Iron Lady, isn't it?」と言うと、「Maybe.」という反応。話す言葉で階級がわかるらしい英国の言語とは似て非なる米語では、スティールでもアイロンでも違いはないのかな。苦労して英語(米語)を学ぶ外国人にはいともあっさりとした反応だった。                  (了)