パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

日本映画「新聞記者」(2019.07.19作成)

ネットで話題になっていたので、観に行った。それほど面白くなかった。途中で飽きてきたし、外務省から内閣情報調査室に出向という経歴の松坂桃李もあまり現実味がなかった。

 

上映館の渋谷円山町にあるユーロスペースという映画館は初めて。円山町というと東電OL殺人事件の舞台のあったところである。怪しげなホテル街という印象を持つが、グーグルマップで検索して経路案内通りに行ったが、(ゼンリンとグーグルとの契約切れのせいか)あまり正確ではなく、昼間とはいえホテル街をウロウロするのは、気持ちの良いものではなかった。やっと見つけたユーロスペースそのものは、おしゃれな建物だった。それにしても、東急百貨店本店BUNKAMURAのある渋谷区松濤は良く足を運ぶが、通りを一歩超えるとこういうホテル街があるのは驚きだった。映画そのものより、私にとっては新鮮な発見だった。

 

東京新聞の望月以塑子記者については、加計学園問題の追求で官邸ににらまれている、特に菅官房長官が望月記者が質問しても「あなたには答える必要がない」と文字通り木花の対応をし、官邸報道室が同記者への抗議もしているので興味はあった。

 

映画には望月記者や加計学園獣医学部新設認可に否定的だった前川喜平文科省次官が、政権の問題、民主主義、言論の自由等について議論しているシーンがバックに使われていた。前川元次官、たしか辞任理由は文科省役人の組織ぐるみの天下りあっせん、それも教育局長が許認可権限を持つ大学の高位の事務職に就く、というあまりにも露骨な事案で辞任に追い込まれた人だ。その後「総理案件」らしい、安倍総理の何十年来の友という加計学園理事長の大学獣医学部新設に反対したことを理由として、若い女性との「交流」(?)を官邸(内調?)にリークされたという噂がある。

 

ただの外務省役人に過ぎなかった自分自身が、20年近く前、週刊誌記事や鈴木宗男議員の質問主意書を後追いするフリーの記者にネガティブなことを書かれたので、一国の総理ともなればもちろん、望月記者も前川元次官もあることないことを書かれたのだろうと思う。どこまでが真実なのかわからない。

 

それでも、映像や文書で残されていることから推察するに、教育勅語を幼稚園児に暗唱させる籠池さんが安倍晋三記念小学院なるものの新設に動く中、ノー天気な安倍昭恵さんは名誉校長に就任し、国有地の払い下げ額に疑義が残るような形でコトが進み、私人(?)昭恵さんの公務員出身秘書が、財務省理財局と籠池夫妻の間で公務の時間を使って進捗状況について連絡をとっていたことは否定のしようがない。佐川理財局長の指示で公文書が廃棄され、佐川さんは国税庁長官を辞任している。森友学園案件を担当していた近畿財務局の職員が自殺したのも事実だ。

 

獣医学部新設については、加戸愛媛県前知事が何十年も前から新設を申請していたと主張しているのは事実だろうが、安倍さんが総理になって、今度こそと申請してきた学園の理事長が総理のお友達、というのを役人が忖度しない、という方が現実的ではない。

 

映画はドラマチックにするため、生物化学兵器や細菌爆弾を研究開発する大学の新設になっている。総理(総理夫人)との関係を自己の私的な目的のために最大限に使おうとした森友学園事件や加計学園事件のような問題に比して、話が大きすぎるのである。これでは壮大な国家の陰謀だ。

 

外務省から出向してきた内調職員が、上司の不在中個室で待つように言われ、机を開けて文書をスマホで撮影するのも現実的でない。今どきの各省庁高官の秘書は正規雇用の公務員ではなく、アルバイトであることも多いし、正規雇用の初級職事務官であっても、別に秘密保持についてきちんとした訓練を受けているわけではないのは、何十年も前の沖縄返還密約文書のリークをめぐる毎日新聞西山記者と外務省の蓮見事務官との関係でも明らかだ。

 

個室を与えられている高官が機密文書を施錠できる場所に保管していなかった、というのもお粗末だがありうる話だ。外務省人事課の扉のすぐそばに執務机がある人事担当職員は、机の上に書類(手紙か)を放置してして席をはずしていた。人事課に入室した私の目に入ってきたのは、その机の上に放置されていた「○○さんからセクハラを受けています」という在外公館勤務らしい女性からの糾弾文書だった。元イラン大使のようなケースは氷山の一角であることは、私自身が百も承知だ。普通の事務官は忙しいし、十分なロッカーも与えられていないので、書類を保管する場所もない。個室も十分な書類保管スペースを与えられた高官は省内政治に忙しく、背表紙のタイトルを印字したファイル作成を秘書というアルバイトに任せている可能性も高い。機密文書はダダ漏れになるリスクは確かにある。

 

最後のシーンは松坂桃李が、田中哲司演じる内調の高官から権力側につくか反旗を翻すか決断を迫られるところで終わる。

 

田中哲司天海祐希主演のテレビ番組「緊急取調室」で出世欲の強い警視庁の管理官とされているが、実際は、ノミの心臓で上しか見ていないヒラメ上司の刑事部長に時として抵抗する「いい奴」でもある。が、この映画では権力に付くこと以外考えたことは一切ないという「嫌な奴」だ。心臓も強い。霞が関にもマスコミ各社にも必ずいるタイプだ。

 

この映画が、米国映画の「大統領の陰謀」「ペンタゴンペーパー」に比べて現実味も説得力もないのは、米国版は国家の陰謀が現実であったのに対し、「新聞記者」では現実には総理との近しい関係を利用して小学院・学部新設を実現しようとする私利私欲矮小案件を、それではあまりにも物足りないので国家の陰謀風に仕立て上げたところに無理があるからだと思う。

 

望月記者は頑張っていると思う。菅官房長官の同記者に対するキハナの対応は気分が悪い。が、「新聞記者」は面白くない映画だった。            (了)

 

 

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