霞が関は辛いー元農林水産事務次官による殺人(2019.06.04作成)
6月1日から3日にかけ上海にいた。中国はネット環境が悪いので、わざわざ高いお金を払って海外で使えるwifiを持って行く必要がないとのことだった。羽田を早朝に発ってあちこち回り夕食後にホテルに着き、12時間のネット空白の後やっとヤフーニュースにたどり着いた。
飛び込んできたニュースは熊沢元農林水産事務次官による長男の刺殺事件であった。
1990年代の終わり、官邸の勉強会に出席する熊沢局長の顔や名前は漠然と覚えていた。同じ案件を担当すれば省が違っても、局長と課長のランクの違いはあっても同席する。総理大臣の記者会見を担当する課長として私がアレンジする総理勉強会に農林水産省の局長に出席してもらったということだ。
その後、次官になりいわゆる狂牛病問題の責任をとって辞任された。2005年から8年までチェコ大使をされたが、その頃外務省の同僚の誰かが大使ポストを取られた、というようなことを言っていたのを覚えている。事務次官の任期を全うせず辞任せざるを得なかったので、気の毒に思った官邸に繋がる有力農水族議員が、大使ポストをひとつ熊沢に渡してやれ、と外務省に圧力をかけた結果だろう。
大統領選挙に協力した人物を大使にし、番頭役として国務省はえぬきの実務家を次席として配する米国人事の日本版だ。熊沢次官も官邸の覚えが良かったのだろう。外務省の誰がパラシュートで降りてきた他省庁出身大使の番頭に配されたのかは知らない。
報道によれば、長男の引きこもりや家庭内暴力は相当以前からあったらしい。長男はネットで事務次官は「平民」とは違う、という趣旨の言説を残しているが、まともに働いたことのない長男に事務次官の意味や、役人と与野党の政治家との力関係などまるで分っていなかったのだろう。
働かなくても、昨年の森友問題のように、役人が国会に引っ張り出されて議員につるし上げられているのをテレビで見れば、事務次官は「平民」とは違うんだ、なる発想などできないはずだ。44歳。ほんの少し前に大麻所持で逮捕された文部科学省のキャリア官僚と同じ年だ。同じく大麻所持で逮捕された経済産業省のキャリアは28歳だった。
少なくとも、今の霞が関の仕事は知らない人が想像するほどやりがいがあり、報われるものではないから、大麻に走る人も出る。霞が関は東大出身者にとって人気の高い就職希望先ではもはやなくなった。
熊沢元次官は大使を務めた後、更に農水関係の団体の理事長に天下っている。長男の生活費に加えゲーム三昧生活の課金月額30万円以上も支援できるのは、元次官が、キャリア官僚が恵まれていた時代に役人人生を送っていたからだろう。今も昔も幸せなのは、終身雇用が保証され、大きな責任を負うこともない会計や文書担当の、高卒で受験資格がある三種の公務員くらいだろう。それも今後はどうなるかわからない。国家財政が大赤字なのだから、私企業のように破綻することも全く想定外、というわけにもいくまい。
元事務次官の家庭破綻と平行して霞が関は破綻してきた。「霞が関のキャリア官僚は恵まれている」「役人出身は上級国民」とか思ってもらえるのは、美しき誤解だ。(了)