パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

映画「アンダルシア」(2011.07.31作成)

織田裕二演じる外交官黒田康作の話。前作「アマルフィ」同様、邦人保護をテーマにした、外国における警察映画みたいになっています。日本の主権が及ばない海外で、現地の官憲相手の派手な立ちまわり(公権力の行使)は現実的ではありません。

 

ある大使館勤務の際、ご両親が日本人で、もう一つ別の国の国籍も持っている人に爆薬を作っているとの嫌疑がかかり、現地で収監されるという事件がありました。領事担当の書記官に面接に行ってもらい、また、公正な扱いが確保されるよう任国政府に依頼し、その後私は離任しましたが、その方が不利益処分を受けたという話は聞いていません。「アマルフィ」の最後で、黒田康作が「どんな奴でも、日本人の生命財産を守るのが俺たちの仕事だ」とつぶやきます。「どんな奴でも」を削除すれば、法律にも在外公館員の任務として明記されています。

 

「アンダルシア」は、マネーロンダリング(マネロン)が事件の発端で、フランス・スペイン国境のアンドラ公国という人口 8万人の半独立国が舞台です。私はスイスに勤務していたので、マネロンの話は日常茶飯事、リヒテンシュタイン(人口3万)の銀行に口座を持つドイツ人顧客リストを、リヒテンシュタインの銀行員だった人物からドイツ政府が金銭を払って入手した事件がありました。ドイツ郵政公社会長の名もそのリストに掲載されており大騒ぎしていた時、ヨーロッパの外交官との気楽な会合に、スイス人には珍しく非常にoutspoken(ペラペラしゃべる)な外交官がいて、「フランスにはモナコ(人口3万)がある、スペインにはアンドラがある。俺たちにはリヒテンシュタインがある」とうそぶいて、小国を隠れ蓑にマネロンをやっているのは、スイスとそれにつながるリヒテンシュタインだけではないと堂々と言っていました。

 

「アンダルシア」では、国際会議でマネロンを取り締まろうと提案する日本(財務大臣)に、ドイツもフランスもイタリアも反対する場面が出てきますが、スイスを取り巻くこの3大国は、自国の富裕層が税金逃れでスイス(及びリヒテンシュタイン)の銀行を利用していることに相当頭にきているので、この場面もあまり現実的とは思えませんでした。それに、財務大臣が出席する会合に外務省出身の大使館員が同席するのも霞が関の掟ではありえないことです。

 

もう一つ、最後の場面で黒田康作が滞在している豪華なホテルの一室が出てきますが、円高の今でも、役人の日当・宿泊では次官、局長でも考えられません。(公務員の日当・宿泊の額は法律で規定され公開されているので、興味があれば確かめてみては。)黒田はキャメル色のカシミヤとおぼしきコートを着ていましたが、在外勤務手当は、外交官の体面を保つためにもあるとされています。体面といえば、服装だけではなく、髪の手入れ、メタボ体型のコントロール、それに鼻毛処理も含まれるのではないでしょうか。なでしこジャパンの快挙は、佐々木監督の奥さんの言葉を通じて、女性が何を嫌がるかが広く伝わったことではないか、とひそかに思っています。若い頃、メガネをネクタイで拭く方にお目にかかり、ショックでしばらく立ち上がれませんでした。 (了)