パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

機密費の怪(2016.06.16作成)

鈴木宗男佐藤優両氏が対談している「反省 私たちはなぜ失敗したのか」という本の抜粋が、どなたかのプログに引用され、ネット上に出回っている。大変不正確で納税者の方の誤解を招くので以下に正確なところを紹介することとする。

 

佐藤氏の発言

「難(ママ)に使ってもいい  つかみ金は、渡し切りの交際費です。パーティーをやったり、 情報を取る為の金も渡しているけど、使わないで溜め込む。」

インテリジェンスの権威がこんな不正確な発言をしてもいいのだろうか?

 外交官が情報を得るためには、新聞雑誌等の公開情報はもちろん、これはという情報を取れそうな相手と積極的に知り合うことも必要である。多数の人が集まるパーティーで知人から紹介されることもあれば、自分から未知の相手に電話し、会合をセットすることもある。情報を売りたければ先方からアプローチしてくることもある。が、「情報を取る為の金」は、外交官が私用のために貯めることはできない仕組みになっている。大使館内のチェックもあるし、本省への会計報告もあるし、第三者である会計検査院による調査も定期的にある。

 

「何につかってもいいつかみ金は渡し切りの交際費です」「情報を取る為の金も渡しているけど、使わないで溜め込む。 それで、日本で家や別荘を 買っているんです。」という佐藤発言が正しければ、私は公金を不正流用していることになり、鈴木宗男氏同様、犯罪者として収監される類の罪である。公務員は法的手段に訴えないとタカをくくっているのか、随分危ない発言だ。大使館に送金される情報収集ための金銭が、外交官個人が貯め込むことは、相当難しい。もちろんどのようなチェック体制を整備しても、確信犯が制度の盲点を突いてくることはある。

 

情報収集の具体的方法をお知らせしよう。

じっくり相手から情報を得るには、少なくとも相手の時間を2時間程度は拘束することができるよう食事に招待することがある。

まず、これはと思った相手と会食をしたい場合、書記官は決裁書をつくる。「日時」、「相手(含む肩書き)」、「場所」、「目的」、「概算費用」、それから事後的だが会食の成果について「報告の有無」を明記して、大使館内で決済を取る。会食の成果について報告する欄が増えたのは、成果の上がらない会食はするな、という昨今の事情を反映してのものだろう。「何に使ってもいい」はずがない。

会食を希望する書記官は、会計担当官、金銭の出入りに全面的な責任を負う出納官吏(多くの場合は、大使館の次席)、そして公館長(大使)の決済を了して、初めて公金をその会食に支出することが認められる。が、現金を受け取ることはない。

会食後、レストランから請求書を大使館に送付してもらい、会計担当官が支払決裁書を作成し、出納官吏の決済を経て、大使館からレストラン側に支払われる。公金が、個々の大使館職員の手に渡ることは普通はない。レストランが請求書の送付を嫌がり、大使館員がその場で支払せざるを得ないケースでは、大使館員が一旦立て替え払いをし、領収書を確保して、大使館内の決済過程を経て、後日支払った大使館員に払い戻しをすることになるが、領収書に記載の金額以上に公金を支払うことはない。チップ代は領収書なしの支払いがありうる例外的なケースだが、その額は、社会通念上おのずと決まってくる。

メディアでも取り上げられた事件だが、外務省以外の別の役所からジュネーブ代表部に出向していた公務員が、架空の会食をセットして、公金を詐取したケースがある。これは明確な犯罪である。

その他、レストラン側と結託して水増し請求してもらい、その差額を着服(一部はレストランにキックバック?)する、架空の領収書を出してもらうというケースもありうるが、これも犯罪である。最近のテレビ朝日職員の事件は、この食事代を番組制作費に置き換えた形だ。1億4千万円の着服だそうだ。

 

犯罪に手をそめる覚悟でない限り、情報収集の過程で公金を私用に貯めることはできないしくみになっている。鈴木・佐藤対談にある「情報収集の為の金も渡している」という弁が正しくないことも、お分かりいただけると思う。

 

外務政務次官就任以来、何かと外務省、特に予算関係で尽力してきたと自負されておられる鈴木氏だ。予算が公開されている、従って、私に限らず個々の公務員の累積給与他は、少し官報をくればほぼ把握できるのは百もご承知である。ご自身が政務次官として国会に提出するにあたり承認され、また国会議員としても承認されてきたのだから。それを「不当と思われる蓄財」とか、「税務調査せよ」とか、まがまがしい表現を使って、私の資金源は、怪しげである、脱税しているに違いないとの印象を国民の皆さんに与えるのは、不正確であり、無責任である。

 

更に、日本国のいわゆる機密費を使うには日本国政府職員の身分が伴わなければならない。私が「情報を取る為の金」を使える立場にあった期間は、きわめて限られている。スイス大使館勤務は、昭和53年4月の外務省入省以来、やっと二度目のことである。鈴木さんたちは、私が日本国政府が給与を支給する大使館勤務を何度も経験しているかのように述べているが、この本が出た時点では、入省翌年のフランス語の語学研修2年、ベルギー大使館勤務3年の計5年が、日本政府から支給されたお金による在外勤務である。それ以外の、自分から志願したアジア開発銀行3年、経済協力開発機構OECD)3年の間に支給された報酬は、必ずしも日本政府からのお金を原資としていない。国際機関の人件費は、加盟国からの拠出金が中心であるが、融資事業を行っているアジア開発銀行職員の給与は、金融機関としてみずから稼いだ資金からも充当されている。

 

「情報を取る為の金」は1986年から89年までの3年、ベルギー大使館二等書記官時代は使える立場にあった。そして、そのお金は大切に効果的に使った。

 

鈴木・佐藤コンビの著書のサブタイトルは「私たちはなぜ失敗したか」となっている。インテリジェンスの極意は正しい情報の把握と報告だ。この不正確な対談のように「間違った情報を意図的に流す」ことは、失敗への第一歩である。

                                (了)