パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

不倫報道とチクられ男(2020.06.26作成)

2020年の芸能ニュースは女優の杏の夫、東出昌大の不倫報道から始まった。コロナによる外出自粛要請が徐々に解除される中、飛び込んできたのは、お笑いコンビ、アンジャッシュのグルメ芸人とかいう渡部健の不倫報道。いずれも週刊文春が放った。

 

私はは素敵な女優だと思っているので、東出も相手の、存在感も顔も薄い若手女優には良い印象を抱いていない。渡部についてはまったく興味もなかった。が、自分もある女性に文春にチクられたことがあるので、チクりたくなる感情には興味がある。

 

それは外国紙に寄稿しているフリージャーナリストという人だった。全く顔も名前も知らない。自分が外務省の国際報道課長をしていたので、相手は私のことを知っていたのだろう。文春にすれば「収入の原資が税金のキャリア官僚」vs「非正規、フリーランス、庶民」という大好きな対立の構図にぴったりハマったので記事にしたのだろう。無名の役人では普通は記事にならない。チクってきた人が記者という文春編集部にすれば同業者だったので、シンパシーもあったのかもしれない。

 

以来、人間どこで知らない人の怨嗟を買っているかわからない、と思うようになった。宮部みゆきさんの短編小説で住宅ローンを抱えるパート女性が、マンション上階の部屋を即金で息子(実在しないのだが)のために買ったという、いかにも裕福そうな小ぎれいな女性にわけもなく嫉妬する場面が印象的だったのも、チクられた記憶があるからだ。

 

渡部の件について、鈴木涼美さん(慶応出身のAV女優、元日経新聞記者、作家)が面白い記事を書いている。

愛人から『バラされる男』に共通する、顕著な二つの特徴

diamond.jp/articles/-/240972

 

チクられたのは、渡部が相手を人間として丁重に扱ってこなかったからだ、という。確かに実際に交流があれば、丁重な扱いをされていないと感じれば不快に思うだろう。私の場合は、チクった人のことを全く知らないし、今も知らないのだが。

 

鈴木さんの不倫男についての記事を読んで思い出したのが、もう20年近く前の日経新聞私の履歴書に掲載された昭和の大女優有馬稲子さんのことだ。独身の若手女優だった彼女は映画監督の不倫相手だった。身ごもった子どもを中絶させられる一方、監督の妻は同時期に出産した、悲しかったと何十年も経ってから、相手が鬼籍に入った後でも書いている。大女優は監督の名前は暴露していないが、市川崑だとわかる。

 

へえー、1964年の東京オリンピックの記録映画を担当し、谷崎潤一郎の「細雪」で4人姉妹の繊細な心の動きを表現した大御所監督がこんなひどいことをしていたなんて。以来、東京オリンピックに関連して映画が紹介されるたびに、「有馬稲子に死ぬまで恨みを抱かせたあの監督の作品ね」と頭に浮かぶ。監督は不倫相手の若手女優に対し配慮を欠いたのだ。

 

多くの女性と深い関係になりながら、相手に強い恨みを抱かせない、少なくとも週刊誌にチクろうとまで思わせない男は大変な努力をしているのだ、と鈴木さんは結論づける。なるほど。関西弁が魅力の加藤雅也主演の映画「結婚詐欺師」は乃南アサの小説がベースだそうだが、逮捕された主人公は「俺は女性を幸せな気分にさせてきたのだ」とうそぶく。多分そうなのだろう。ブレークする前の満島ひかりも出演していて、コールセンターの地味な女性の役で、詐欺師への敬意とほのかな好意を上手に演じていた。告発することを決意する鶴田真由は、詐欺師を恨んでいるというよりも、自分ほどの女性が騙されたという自省の気持ちの方が強かったからだと私は解釈した。

 

みっともない渡部の不倫事件の中で、中小企業庁長官の特定企業との癒着が陰に隠れてしまった霞が関にはもちろん企業との癒着、省内、省外不倫話は山ほどある。古巣の外務省では、時々幹部がセクハラで退官を迫られているようだ。

 

以前のエントリーに記したセクハラ上司については、間歇的に腹立たしく思い出すことがある。私はこの自称「いいコースを歩いているから」「僕はgood lookingだから」とうそぶいていた上司に歯向かったから、省内でつぶされたと思っている。まあ、役所というのは合理的な組織ではないから、別にこの上司がつぶしにかからなくても、はねっかえりの自分の性格からすれば、この組織で定年までおとなしく勤め上げるのは無理だったとは思う。実際役所を去っても、まったく食べるのに困っていない。このように書くとまた誰かの怨嗟を買うかもしれないが、もう自分は引きずり降ろされるような地位にはない。堅実な自営業者にすぎない。

 

有馬稲子さんのひそみに倣い、におわせておこう。セクハラ上司は条約畑が長く、局長を務めていた。外務審議官になったかどうか、興味がないので調べていないが一時次官候補に挙がっていたようだ。町村信孝外務大臣に嫌われて、次官の道は閉ざされたと文芸春秋の「霞が関コンフィデンシャル」で読んだことがある。風のうわさで退官後は大手商社の顧問だか役員だかをやっているとか聞いたことがある。同じようなタイプの人たちとゴルフ三昧の生活をしているのだろう。こういう人に日本国民の生命、財産を守る意思は全くない

 

不倫だってセクハラだって相手に怨嗟の思いを抱かせるのは、ご本人のリスクマネージメント能力の欠如である。