パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

コロナウイルス3――シェリング・エコノミーはコロナとともに変容した(2020.06.09作成)

外務省退官後始めたインバウンド観光客相手の宿泊業は壊滅的である。3月半ば、白馬村でこの冬最後のスキー客のチェックアウト後、例年なら京都で花見客を迎えるタイミングであった。これがすべてキャンセル。持続化給付金支給条件を満たしていそうだ。

 

数年前から京都では猫も杓子もインバウンド客相手の宿泊施設投資が急増。潮時だと思い、2軒あった施設のうち大きい方の1軒は売却した。小さい施設は実家が大阪の自分用に、関西の拠点として残すことにした。京都市の施設側に極めて厳しい営業許可の更新も昨年秋に無事終えていたので、春くらいは少しお客さんを泊めようとしていたところに、コロナである。

 

すべてキャンセルは痛いが、これを機に自分も使うことのある家を人に貸すには慎重になることにした。衛生観念が人によって大きく異なる。宿泊客の中には信じられないくらい汚く使う人がいるのである。コロナによる日本人の死亡率が低いことを麻生副首相兼財務大臣は「民度の違い」とのたまった。麻生節炸裂である。

 

すべての日本人がきれい好きとは思わないが、新幹線のトイレとTGVのそれを比較すれば明らかに新幹線の方が掃除が行き届いている。冬など公衆トイレの床にコートを平気で置く人をヨーロッパで目撃した。ダイヤモンド・プリンセス号では、船内の手すりや客室の電話機やトイレの床に多くのウイルスが見つかったとのことだ。

 

余談だが、2年前に横浜から岩手を経てウラジオストックから青森経由で横浜に戻るダイヤモンド・プリンセス号に乗ったことがある。年配者はあちこちに捉まらないと足元がおぼつかない。手すりは感染源だ。おまけにおしゃれな肩章のある制服を着たイギリス人の船員は、ビュッフェの列で、食べ物がついた自分の指を舐め、その手でトングをつかんでいたのである。客に手洗いを求める前に船員の教育がなっていないと思った。日本船籍の飛鳥、イタリア船籍のコスタよりダイヤモンド・プリンセスは船舶そのものは巨大なのに廊下は狭く、食事の場面は不潔な印象を受けた。以来、クルーズ船には乗るまいと決めていたが、案の定、感染の温床となった。

 

靴を脱ぐのも汚染されたものを室内に持ち込まない、という基本的なことだ。花粉症はいくらアレルギー症状を和らげる薬が開発されても、花粉を体内に入れないことが最大の予防策だ。花粉症で死ぬことはないし、人に移すわけでもないが、外出自粛は花粉症にとっても意味があったのだ。

 

山中伸弥先生が言う「ファクターX」は日本人だけでなく死亡率が日本人よりも低い他の東アジア人にもあるのかもしれない。衛生観念はまさに個人差であり、国籍や民族ではない。自分も若いころは、気が付かないままあまりきれいでない生活をしていたかも知れないが、今はかなり潔癖症になっている。そうすると他人とモノを共有するのが非常におっくうになる。

 

宿泊施設では、オーナーのエリアと客のエリアを明確に分け、清掃は人に依頼していた。綺麗好きな客も多数いたが、そうでない客がチェックアウトした後の惨状を目の当たりにすると、気が滅入ることもあった。依頼した清掃業者がトイレで使った布雑巾を捨てることなく別のところで使っているのを目撃し、使い捨てのクリーナーを使うよう依頼したが、実際自分が宿泊したホテルの部屋でも同じことが起きていたかもしれない。潔癖になると、他人が触った可能性のある場所に触れることができなくなる。100%リスクフリーはありえないのだから、ドアノブやつり革に触れても、できるだけ早く手を洗うか、アルコール消毒するしかない。

 

京都のいけず条例で苦労して更新した営業許可だが、自分以上に綺麗好きな客だけを選んで迎えることにする。京都市当局にとっては新設の宿泊税収入もさっぱりだろう。が、これが京都人の選んだ道なのだ。市役所職員の中にも恐ろしく底意地の悪い者もいた。京セラ、島津製作所があっても優良企業の数は東京、大阪、名古屋には遠く及ばず、税制優遇されている神社仏閣に法衣、和装、お茶屋では先が明るいとは言えまい。静かな京都はほそぼそと固定客相手に生きるのだ。作りすぎたホテルが不良債権、ゴーストビルになるのが不安ではある。

 

京都市に比べ、白馬村がインバウンド客を毛嫌いしている印象はなかったが、京都市民のような根拠なきプライドがないことと、田舎のリゾート地なので、京都市街地より広々としており、インバウンド客で混雑する場所が議られているからかもしれない。梅雨入り直前のこの時期の白馬村は、3000メートル級の山の残雪の白と、目に染みる緑のコントラストが美しい。平地では野草が花を咲かせている。村民はほとんどが農家だから、花を育てるもの上手だ。庭先には色とりどりの花が咲き乱れ、田んぼは水をたたえ、紫の菖蒲の花が固まりになって咲いている。東京の住宅街の花とは違う景色だ。

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雪解けの白馬

 

商業用の施設ではなく、自分の家だと思って住始めると、風景が異なって見える。緊急事態宣言が解除されても県をまたいでの移動は控えるようにということなので、自炊している。以前は白馬では毎日外食だった。地元のスーパーやドラッグストアでは、東京と同じく品不足のものもあるが、ホットケーキミックスや(業務用だが)ドライイースト、手指消毒液や消毒用エタノールはみつかった。昼間は結構気温が高くなるが、それでも吹き抜ける風は高原の清冽さがあり、朝夕はひんやりする。

 

コロナで変わった。自分自身が白馬村での生活を楽しみ、これからは客を選ぶのだ。ゴミの量が少なく、可能な限りリサイクルする客を歓迎する。滞在中に食べる量を想像すれば、食材購入も計画的になる。捨てることも躊躇する。賢い旅行者は、事前に現地の情報をできるだけ入手して、宿泊施設への到着や出発もきちんと準備する。行き当たりばったりではないのだ。京都同様、白馬でもコロナ前は無計画な、あまり頭を使っているとは思えない、チープな客が増えていた。これからは持続可能、サステイナブルな客を選ぶ。ゴミのリサイクルをうっとうしく思う客は、豊富な積雪が不可欠なウインタースポーツを楽しむ資格はない。地球温暖化はスキー場の天敵である。   (了)