パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

勝浦ホテル三日月とコロナ後の観光立国

2020年1月3日、丁度1年前、中国湖北省武漢市で新型コロナウイルス患者が報告された。1月29日、武漢からチャーター便で200名あまりの在留邦人が帰国し、千葉県勝浦市にあるホテル三日月に滞在して経過観察を受けた。

 

英断には違いないが

ウイルスの実態がほとんど解明されていない時点で、帰国者を受け入れたホテルは、ホテルから感染が広まるのではないか、という意見にも直面したようだ。一人一室ではないケースもあったらしい。都市封鎖された武漢から日本に戻ってきた多数の同胞を受け入れることは英断であったと思うし、日本政府もありがたかったに違いない。

 

もう、政府はホテル三日月に大甘にならざるを得ない

が、ここから政治の話になる。ホテル三日月は政府に恩を売ったのである。日本政府も千葉県も勝浦市も、今後もしこのホテルが法令違反をしたとして、厳しく取り締まることはできるのだろうか?

 

景観を損なう外部不経済ホテル

房総半島にホテル三日月はいくつかあり、外房、太平洋側の勝浦、鴨川にある大型建物はいずれも海岸べりに建っている。東京湾側のホテルも海岸沿いのようだ。全室オーシャンビューなのだろう。ホテル建設にあたり、千葉県勝浦市は建築許可を出しているのだから、当時から政治力があったのだろう。

菅総理も日本に富裕層向けのホテルを、と言う前にこういうホテルがどれだけ景観を損ねているかしっかり把握して欲しい。既存のホテルを美しく化粧直しすることも必要だ。

 

施設はでっかいけど

数年前、昼前に都内を出発して午後2時前に勝浦に着いたことがあった。本当は地魚のおいしい小さな店を試してみたかったのだが、事前に十分な情報を集めておらず、ライチタイムが終わりそうなタイミングでもあり、仕方なく三日月に入った。

 

ランチバイキングだった。干からびた刺身やすし、そばに鶏のから揚げやスパゲッティ等々、よくある万人受けするよう品数は豊富だが、味はイマイチ、というもの。おなかが空いていたので、文句は言えないのだが、バイキング会場の床の絨毯は、連日連夜客がこぼす食べ物で大きなシミが広がり、そのあたりを歩くとべたべたする

 

それより何年も前、大雨の夏の日、このホテルの流れるプールを利用したことを思い出した。温泉スパも利用でき、大型施設の強みを実感した。当時は、宿泊施設に対する要求がそれほど高くなかった。色々な食べ物があって、多彩な娯楽施設があり、しかもそれ程高額ではない、という点が重要だった。

 

政治家はパーティ、宴会用に大型ホテルを必要としている

菅総理は昨年末、ようやく年末年始のGoToトラベル一時停止を決めた。GoToトラベルがコロナの感染拡大を後押ししたというエビデンスはない、と長い間抵抗していたのだが、ついに観念した。

 

自民党の政治家が選挙区でパーティを開く時、あるいは後援会が政治家を励ます会合を開く時、宴会場のある大型ホテルが選ばれてきたのだろう。普段から付き合いのあるホテル・旅館が緊急事態宣言で休業、インバウンド客は来ないという苦境に直面しているのだから、救済措置を考えざるを得ない。特に、三日月は武漢からの帰国者を受け入れてくれた。彼らに打撃を与えられない。だからGoToトラベル中止に逡巡した。よくわかる。

 

施設が大きいと外国人従業員を含む人手を多く必要とする

それから、大型ホテルほど外国人従業員を雇っていることが多い。施設が大きいから人手が足りない、ということもあるが、コロナ前、観光バスで乗り付ける中国からの団体客を受け入れるだけのキャパがあったのも、こういう大型ホテルだ。客の言語がわかる従業員も必要だ。自民党が外国人の就労に熱心なのも、こういうホテルの要望を踏まえるからだろう。

 

勝浦は首都圏だが、昨年9月に出雲に行った際に宿泊した玉造温泉にある大型ホテルでも給仕係のひとりは中国人女性だった。日本語は上手だし、注文の多い日本人客のあしらいにも慣れている。不機嫌な日本人従業員より、ずっと感じがいい。

 

高度成長期の大型ホテルをゾンビのように蘇らせたインバウンド

が、コロナではっきりしたのは「観光立国」日本の政策の背後にある政治の問題だ。私は、日本列島は全国津々浦々、魅力的な観光資源があると心底思っている。だから、退官してから2019年まで、自分も宿泊施設運営を通じて外国人観光客に日本の魅力を発信してきた。が、あの大型ホテルに大型バスで乗り付けるアジアの観光客をターゲットにすることが、持続可能な(susutainableな)観光政策とはとても思えない。

 

高度成長時代、日本人が会社の慰安旅行で大型ホテルに滞在した。1泊のみのあわただしい宴会旅行だった。海外への団体旅行でもひんしゅくを買っていた時代もある。日本人がある程度成熟し、旅慣れて個人旅行を楽しむようになると、昭和の大型ホテルは苦境に陥った、バブルがはじけ、テレビでは放置されたままの鬼怒川沿いのお化け廃業ホテルがしばしば紹介される。その苦境を救ったのアジア、特に中国からの団体旅行客だった。

 

アジア諸国の経済成長とともに生まれた中産階級が、かつての日本人中産階級のような行動パターンをたどるのは致し方ない。が、コロナでこうしたお客さんの訪日が頓挫した今こそ、日本人自身も旅行の楽しみ方を変え、ワーケーションや住まうように旅する方向に進んで欲しい。GoToトラベルの税金による補助があろうがなかろうが、休みを分散させ、閑散期こそ、その地を楽しめる方向に進んで欲しいと願っている。

 

ホテルの経営方針次第

かつての豪農や実業家の邸宅を旅館に改装した施設が日本全国にある。箱根の小田急山の上ホテルは、富士山と芦ノ湖の眺望が魅力の地に建つ、富裕層の元別荘らしい。財力にあかせて、比類ない土地に好みの家を建てたのだ。

 

ところが、昨年11月、この素敵なホテルの和食処に団体客が20人ほどやってきて、一斉に肉を焼き始めたのである。窓を閉め切り、換気もできない施設は瞬く間に「いきなりステーキ」や「マクドナルド」と同じ臭いが充満した。GoToトラベルの影響だろうか、地域共通クーポンを充てる昼食プランだったようだ。

 

高齢者中心の団体客は30分ほどで去っていった。強烈な臭いを残して。ホテルの経営方針の問題だ。客単価の低い団体客からの多少の利益はあきらめて、ヨーロッパのホテルのように個人客を大切にするホテルが多くなって欲しい。客の側も、ホテルを育てるような気持ちで、選択眼を養っていかねば。            (了)