パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

実像を知ってしまい、裏切られることもある

マスコミに持ち上げられて、今も評価が高い人物に実際に会ってがっかりしたことがある。勝手に理想化したこっちが悪いのだが、これほどマスコミが作り出すイメージやご本人のインタビューでの発言と実物とで落差があるとは。「なんてしょうもないおっさんなんだ」とがっかりした。

 

ある生命保険会社を退職し、還暦前後でネットの生命保険会社を起業した人だ。インタビューで語る人生観も、吉村知事の「政治家は使い捨てでいい」と同じくらい威勢がよく、こんな人もいるんだと憧れていたが、ひょんなことから生(なま)のこの人物に会う機会があった。京都の大学で講義をする際、宿に困るとのことで、私は自分の1泊3万円の一棟貸しの宿を1万円で提供して差し上げたのだ。

 

お礼に東京でランチをと誘われ、初対面。この人物の会社近くのフレンチレストランにいくことになった。写真で見るよりずっと年寄り臭いのは我慢できるとして、注文の時のいやらしさは昭和の「ザ・サラリーマン」そのものだった。「なんでも好きなものをどうぞ」と言いながら、顔には「オレが払うんだぞ、一番安いメニュー以外を注文したら承知しないぞ」と書いてあるのがミエミエなのだ。私は自分の判断で9月のかき入れ時に、3万円の宿を3分の1で提供しているのに、税込み2000円のメニューにせよと急かされていたのだ。

 

「ドケチ!」別にその方の会社のお金で接待しているわけではないのに。現役時代、外務省の上司に、会食の席では自分と同じもの以外(!)は注文するな、と部下に命じている人がいた。税金を使っての会食だから当然である。高いものは注文せず、上司に従いながら、「好きなものを食べたい時は自分のお金で」と決めていた。21世紀になって、平成の時代も20年を超えて、民間企業出身の、まがりなりにも自ら起業した社長でも「セコい!」と思わせる人に出会うとは驚きだった。

 

1980年代、日本の経済力が世界を凌駕していた頃の伊丹十三監督の映画で、日本のサラリーマンが海外のビジネスマンとの会食で、上司が注文したものと全く同じものを次々と注文する場面がコミカルに描かれていたシーンがあった。ステレオタイプ化した日本人のイメージを切り取ったものだが、実態そのものだったのだ。

 

おまけにこの方、私の宿に文句をつけるのである。歯ブラシが安物だとか、近隣マップが間違っているとか。当時は宿の運営はある会社に任せていた(というか、その会社はオーナーの口出しを嫌って好き勝手をやっていた)ので、歯ブラシの単価など知らなかった。が、あれだけのロケーションと広さの宿にわずか1万円で泊まりながら、まだチマチマしたことに文句を言うのかね、と驚いた。きっと、細かい上司なのだろう。

 

この方、普段は数千円のビジネス・ホテルに泊まっているから、1万円は高かったのかも知れない。そのお礼が2000円の最安値メニューでないと許さないぞオーラである。食事中の会話もこの方の歴史オタクぶりの餌食にされ、「そんなことも知らないのか」と威張るのである。歴史の知識は現実の判断に生かされなければ、単なるオタクに過ぎない。グーグル先生に聞けばわかることを、更に踏み込んで人類史的意味があるかと分析するのが人間の知性だ。

 

宿のオーナーとしては、このドケチ歴史オタクの苦言に対し、「貴重なご意見ありがとうございます」としか言いようがなかったが、同じ大学の10年ほど先輩なので、年齢及び性別でマウンティングされ実に不愉快だった。この方、今やどこかの大学の学長らしいが、いくらインタビューで「自由な発想を」てなことを言っていても、実態は昭和の日本のサラリーマンそのものでホンマがっかりした。

 

「政治家は使い捨てでいい」と言い切る吉村知事はさわやかだが、実態はひょっとしたらこの「合理的で自由な人間たれ」と言いながら、内実は絵にかいたようなザ・サラリーマンであるドケチ歴史オタクと同じで、権力に執着する政治家かも知れない。

 

唯一間違っていないのは、吉村知事は肌がきれいなこと。喫煙せず健全な生活をしているのだろう。ジャニーズ系のアイドルのほとんど(といっても40過ぎたオッサンだが)が、不摂生で汚い肌をしているのと違う点だけは確かだ。過度に英雄視せず、どのような手腕を発揮していくのか、若い知事を見守りたい。   (了)