パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

ニセコは日本か?白馬と比較してみよう(2018.04.24作成)

北海道虻田郡倶知安町が地価上昇率日本1と言われて久しい。

 

冬の外国人スキー客を対象としたホテル、コンドミニアムの建設需要が地価を押し上げている。日本の都心3区のレベルと言うより、世界水準の不動産高騰現象なのだ。

 

日本の地価はバブル崩壊以降概して下落傾向、リーマンショック前や現在の金融緩和の下で局地的に高騰はあるものの、外国の比ではない。中国人が殺到するバンクーバーシドニー、IT企業の高所得者が集まるサンフランシスコやシアトルの不動産価格高騰に比べれば、都心3区も赤子のようなものだが、その外国の不動産価格の影響を受けているのがニセコ、世界水準の地価高騰という訳だ。

 

ニセコのスキー客は豪州人を中心にシンガポール在住の多国籍の富裕層、宿泊施設だけではなく、スキーリフト会社もシンガポール資本による開発で、おしゃれなカフェやラウンジが併設されたリフト券売り場、スキーレンタルショップとなっていて、日本の多くのスキー場のようにリフトチケット売り場周辺に、スキースクールやレンタルショップの安普請の掘っ立て小屋並ぶ雰囲気とは程遠い。

 

確かに日本人は少数派で、正直居心地は悪い。なんで日本なのに英語で注文をしなければならないのだ。外国人経営のスキースクールには、英語を話す外国人インストラクターを通じて子どもにスキー上達と英語に慣れさせようという思いの日本人の親もいるかもしれないが、極少数派、ニセコは日本国内の租界なのだ。

 

日本人が日本の旅行代理店を通じて日系航空会社でハワイに飛び、日系ホテルやコンドミニアムに滞在して、日系のスポーツインストラクターにサーフィンやダイビングを教えてもらうのと同じだ。ハワイの現地の方には、居心地が悪いかも知れない。

 

外交官をやめて「外貨を稼ごう、もう税金で食っているんだろうと言われたくない」との強い思いで、長野県白馬村と京都で宿泊施設を運営してきた。ミクロの世界では多少の実績は積んできたが、マクロの観点から観光立国を標榜するには、外貨が日本に落ちる制度を整える必要がある。 

  • 公的部門(国や地方自治体)がやるべきこと

まずは徴税をしっかり行うこと。外国人所有のホテル、コンドミニアムの固定資産税徴収はもちろん、スキーインストラクターやホテルやレストランで季節労働する外国人の所得を捕捉し、法人税、消費税の徴収もきっちりやることが期待されている。日本人相手にも手こずっている日本の徴税当局、特に田舎の町役場、村役場の租税課には荷が重そうだ。が、しっかりしてもらわないと困る。 

  • 民間部門がやるべきこと

日本人が外国人の需要にあった宿泊施設、飲食施設、スキースクール、スキーレンタルショップ、空港とのシャトルバス、ハイヤーサービス、スポーツマッサージ等を提供できること。

 

ともに豪州人スキーヤーに人気の北海道のニセコと長野県白馬村を比較すると面白い。白馬村でも、局地的に日本人が居心地悪いと感じる場所もあるが、何とか地元にお金が落ちる形になっていると思う。以下、外務省退官後の2013年の冬以来、白馬で多くの豪州人をはじめとする外国人スキー客を迎えてきた体験を元に、白馬とニセコを比較してみる。

 

2011年3月中旬、3.11の東日本大震災の直後ニセコに滞在した。日本の旅行会社企画の羽田からの航空券、空港からホテルまでのバス、宿泊代込のパッケージを予約していたのだ。旅行会社は当時の状況からキャンセル料なしで解約できる、とわざわざ電話をかけてきてくれた。が、有給休暇の申請も済ませており、何よりも当時から外国人スキーヤーに大人気と話題になっていたニセコとはどんなところか見てみたかったので出発した。

 

パッケージのヒルトン・ホテルもスキー場もガラガラだ。福島第一原発事故の影響で日本から外国人が一斉にいなくなった時期でもあるのだが、後の白馬村での経験から、豪州人のスキー客は基本的に年末から2月までの2か月余に集中し、3月に入ると彼らの夏休みも終わり、スキー場も空き始めることを知った。原発事故の影響ではなかった。

 

ちなみに、日本の観光立国政策に辛辣な意見を繰り返している英国人デビット・アトキンソン氏は、箱根の高級温泉旅館でチェックイン時間より少し早めに到着したが、入室させてくれなかった、とあちこちで書いているが、ニセコの閑古鳥が鳴いているヒルトン・ホテルでは、午後2時過ぎにバスで到着した私に、「チェックインは3時からです」と入室させてくれなかった。このフロントの若い女性が意地悪なのか、パッケージ客には一切サービスしないというニセコヒルトンの方針なのか不明だが、アトキンソン氏にも知って欲しい。まあ、彼はヒルトン・ホテルでも日本にあるからサービスが硬直的なのだ、と言うのだろうが。

 

ニセコに午後2時過ぎに着くには、千歳空港からのバスの乗車時間が3時間、飛行時間が約2時間、スキーの荷物を預けたり、取り出したりする時間が1時間余りとすると羽田空港到着が午前8時、ならば都内の自宅を午前7時に出なければならない。「ニセコは遠い」と感じたのが、その後同じくパウダースノーで有名な白馬村と比較し、物件購入をニセコではなく白馬にした決定的な要因になった。

 

本州にある長野なら施設を運営する自分は飛行機に乗る必要はなく、長野(当時)新幹線も特急あずさも、新宿からの特急バスも利用可能だ。自家用車があれば、自分で運転していける。これは運営者側の利便性だが、外国からの客にすれば、スキーだけが目的なら、千歳空港に着いて、陸路3時間ゆられてニセコに行くだけだ。富裕層なら空港からハイヤードアツードア、3時間もかかるまい。白馬の場合、数年前から成田空港からのシャトルバスが運行しはじめたが、5-6時間かかる。インバウンドスキー客にとっての利便性はニセコに軍配が上がる。しかもニセコなら11月頃から雪が降るので正月開けに学校が再開され、12月にスキー休暇をとるシンガポール人には、ニセコの方が降雪が確実だ。2015、16年の12月は白馬では雪が少なく、シンガポールからのリピーター客を迎えていた自分は気が気ではなかった。

 

ニセコと白馬を比較すると、雪の質、スキーシーズンの長短、羊蹄山という富士山のように美しい形の山の有無という違いがあり、これらの点ではニセコに軍配が上がる。ニセコでは物件高すぎて手の出ないボンビーオージーが白馬に流れてきたのだ、と自嘲的にいう向きもあるが、白馬には別の魅力がある

 

国内では首都圏からと関西圏からの双方のスキー客を迎えてきた歴史がある。私のスキー客も、白馬滞在の前後に京都で過ごす人も多い。名古屋経由か糸魚川―金沢経由である。もちろん、千葉県の東京国際空港に降り立ち、同じく千葉県の東京ディズニーランドで過ごしてから白馬に来る人もいる。チャーター便で千歳に来るニセコのスキー客ではほぼありえない滞在の仕方だ。

 

村のあちこちに石の道祖神があり、ヨーロッパの田舎町の街角に小さなキリスト像があることを思い出す。信州の歴史は奥深い。

 

団塊の世代は、昭和52年(1977年)の「狩人」のヒット曲「あずさ二号」に青春のほろ苦い思い出を重ねる。新宿発「特急あずさ」は、安曇野信濃路というロマンティックな響きを持つ地方と東京を結ぶ鉄道の象徴だ。脱サラで白馬でペンション経営に乗り出した団塊の世代が自身の高齢化と国内スキー人口の減少で、ペンションを手放したくなったタイミングに、オージーを中心とする外国人の買い手が現れたのだ。

 

このままだと大きな空き家がどんどん増えそうなところに、中古住宅を偏見視せず、改修して生まれ変わらせようという外国人オーナーが現れたのだ。後述の通り、企業の福利厚生施設も株主対策で売却され、オージーが買い取っている。白馬村にとっては、オージー様様だ。ニセコと違って中古物件供給が結構あったので、国際水準の地価高騰が白馬に及ばないのだ。それでもオージー資本が一旦買取り、豪華に改修した元ペンションは億単位の値で売り出されているものもある。

 

白馬村には外国人スキー関連事業経営者が日本人女性と結婚している例が多い。オージーの大工さんは奥さんの実家が建設業とかで、建築基準法も日本語で説明できる人だ。こういう人には、日本が第二の故郷なのだろう。

 

外国人客による酔っ払いや、交通事故、料金踏み倒し等の問題もあるかもしれないが、日本人のすべてが品行方正ではない。確かに自身の外国人宿泊客のゴミの分別がひどい時は、ため息が出る。が、隣のペンションから私の施設の前を通ってゲレンデに向かった日本人スキー客は、コンビニのおにぎりのセロファンを①②③の順に剥いて地面に落としていき、ブリート―の包み紙とたばこの吸い殻もポイ捨てだったことを思い出すようにしている。マナーの良い人もいればそうでない人もいる。日本人、外国人の違いではない。

 

白馬村の温泉では、ファッション入れ墨客は容認するようになってきた。オージー経営のレストランもあるのだろうが、彼らに大人気の寿司屋やそば屋は、日本人経営だ。残念なのは、同じく日本人シェフでオージーに大人気のイタリアンは、スタッフも味も値段も完全にオージー仕様。要するにまずくて高いのだ。

 

長野県には中央タクシーというユニークな会社がある。成田や羽田からスキー場の宿泊施設まで(あるいはその逆)乗り合いタクシーサービスを提供している。小林製薬ではないが、「あったらいいな」と思えるサービスで、私も自分のお客さんのためにアレンジすることがある。ありがたい。

 

白馬には羊蹄山(標高1898メートル)のような美しい形の山はないが、3000メートル級の白銀の山が連なる姿は圧巻である。それに何といっても温泉猿がいる。地獄谷温泉まで白馬村からはほとんど1日仕事だが、1週間以上滞在する外国人のファミリー客は、たいてい足を伸ばす。外国人経営の旅行代理店が英語のパンフレットを作って集客している。

 

概して、白馬村では年末から2月末までは外国人スキー客が大半、3月になると春休みの大学生が春スキーにやってくる。ペンション買取、宿泊施設経営程度の少額投資の外国人の場合、奥さんが日本人で白馬に根を下ろした人が多い。が、スキーシーズンともなると多数の外国人スタッフが殺到する。

 

英語のスキースクールは1日午前と午後の計4時間程度のグループレッスンで生徒一人12000円ほどの料金。日本のスキースクールなら5-6000円ほどである。確かにフリースタイルスキーのレッスンは、日本人経営のスキースクールにはあまりなく、バックカントリースキーなど違法で危険なレッスンで、外国人経営のスキースクール独自のものだが、高額レッスン料は別に外国人インストラクターの能力が高いというわけではない。彼らを日本に呼び寄せる往復の航空運賃と滞在費が上乗せされているだけの話だ。高いレッスン料にしないと経費が賄えないのだろう。白馬の日本人のスキー教室では、英語のレッスンはニュージーランド人経営の学校、中国語は台湾人経営の学校に行ってくれ、と棲み分けており、自ら外国語でのレッスンを提供して倍以上のレッスン料を得ようというガッツはなさそうだ。ゲレンデのオーナー会社にすれば、スキー教室の経営者が何人であれ、生徒がたくさん集まりリフト券を買ってくれれば御の字である。

 

高額投資案件となると、ニセコと同じ状況がみられる。自身の物件購入前に、オージー資本が日本の生命保険会社の保養施設を買い取って改装したホテルに泊まってみた。ピークシーズンを過ぎた3月中旬の低料金であったが、迎えの英国人女性は白馬の地理に疎い。冬の3か月、白馬駅とホテルの往復しかやっていないのだろう。クレジットカードでのホテル料金の支払いがシンガポール経由での請求になっていた。富裕層相手のホテルで、高額にもかかわらず満室続きだそうだが、このホテルのような経営者も客も外国人という例が、ニセコでは大半なのだろう。日本の税務当局が所得を捕捉できているのか。これは、白馬村の仕事ではない。最強官庁(?)と呼ばれていた財務省が歳入と歳出をやっているのである。理財局長から国税庁長官へ栄転して、公文書改ざんなどやっている閑があったら、政治家とともに観光立国日本に外貨が落ちる制度設計に知恵を絞るべきなのである。                   (了)