パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

映画「祈りの幕が下りる時」-娘を虐待する父、守り抜く父(2019.03.03作成)

アマゾンプライム睡眠薬代わりに見始めたら、ぐいぐい引き込まれる映画だった。原作が東野圭吾で、主演が阿部寛松嶋菜々子という豪華キャストだから当然ではある。

 

が、最高に魅力的だったのは、背信の妻が作った借金を取り立てる闇金業者から逃れるために、14歳の娘を連れて夜逃げする父親役の小日向文世だった。事件の26年前当時の黒い頭髪の多さや、大写しされる顔の肌の張りの若作りからは、一瞬この俳優さんとはわからなかった。年齢を重ね、身元を隠し原発作業員として日本全国原発のあるところを転々とする生活と、私はよくわからないが放射線量と隣り合わせの生活でふけていく様子と、舞台演出家として成功した娘を思う優しい笑顔が印象的だった。

 

今年にはいっての大きな社会面のニュースは、10歳の女の子が父親に虐待され続け亡くなった事件だった。千葉県野田市児童相談所の不手際を非難する報道が多い。「秘密は守りますから」と生徒に正直に書くように促しながら、いざ父親に怒鳴り込まれるとあっさりと女児の書いた文書を父親に渡す「教育委員会」メンバー。これは確かにお粗末。橘玲さんは、父親にとっては自分の遺伝子を継ぐ子ではない、という疑心暗鬼から生じた事件だという見解を示している。

 

動物が自分の遺伝子を守るために、他のオスを排除する自然の本能による行動はあるらしい。サンショウウオのオスが、メスの産卵の際に自分の精子を排出している時に、他のオスが近づいて来たら懸命に追い払う姿がテレビで放映されていた。ライオンの群れでもはぐれオスライオンの悲哀も紹介されている。野良猫天国の島で、オス猫が狙った雌猫の、他のオス猫との間の子猫を襲うそうだ。野良猫の平均寿命は4年、飼い猫は10年以上も生きるのに。オスもメスも自然界では大変だ。

 

人間世界では、実の娘を犯し、子供を産ませる父親の存在が内外で伝えられる一方、妻の連れ子を大事に育てる父親も多い。はじめから自分の遺伝子を継ぐ子ではないことがわかっているからかもしれないが。

 

数年前、北海道で大雪の日に立ち往生した車の中で、自分の上着を娘に着せ、自分は薄着のまま娘を温めながら凍死した父親のニュースがあった。もし父子家庭なら、この少女は児童保護施設に収容されているのだろう。父親が命を賭して自分を守ってくれたことは、この少女が生きていく上で大きな励みになるだろう。この映画の松嶋菜々子のように。

 

動物の世界でもある動物の母親が、全く種の違う動物の乳飲み子に授乳させる様子が伝えられている。血、DNA,遺伝子で世の中の事象を説明するなら、そうでない事例(実の親でない者が愛情と責任をもって子育てする例)と統計上の比較も知りたいところだ。橘玲さんは、父親の疑心暗鬼が虐待につながらないように、DNA検査を促す措置を提案されている。

 

離婚が多い社会になり、少子化の中で里親制度の更なる整備も求められる中、「継子は虐待される」という「定説」だけが一人歩きするのは残念だ。数日前、渋谷の児童保護施設の施設長が、元入所者に逆恨み(?)されて刺殺された。施設の職員は親代わりなのだから、実の親でない限り真の愛情は注げないという「定説」がまかり通ると、職員は情熱をもって仕事に取り組めなくなる。何よりも、「祈りの幕が下りる時」では、母親は実子の松嶋菜々子に対して極めて無責任な態度をとる。母親役キムラ緑子の怪演が光っていた。                  (了)