パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

京都の伝統文化を担うのは誰か?(2018.02.03作成)

2月2日、東京で京都市長がレセプションを開催、縁あって顔を出してみた。

 

京都のお酒やビーフ京野菜等の食材の紹介や舞妓のあいさつや東映剣劇もあって、盛りだくさんの豪華なイベントだった。

 

が、ざっと名刺交換した出席者たちの顔ぶれは、京都のお茶屋文化や西陣の衣料を引き立ててくれそうな方々に見えなかった。

 

まず、各国大使、大使館員たち。箔がつくので各国大使を招待したがる主催者は多い。が、先進国出身の外交官ならただの公務員。お金はない。米国のように政治任用が当たり前の国の大使なら、選挙で大統領候補に多額の資金を提供した、大統領に近い実業家や有力者もいるが、多くの国の外交官は本国に基盤のない公務員。大使ともなれば、次の就職先に頭を悩ます高齢者である。人のお金をあてにすることはあるが、自分の裁量で出せる資金があるわけでもない。自身の外交官生活の終盤、各国大使主催の国祭日レセプションに顔を出すと、政府だけでは立派な食事を提供できないらしく、民間企業の支援を得て面目を保っている例もあった。自国の民間企業の宣伝も兼ねていたのだろう。民主主義国家の政府は、お金がないのが当たりまえ。税金で維持されているのだから。

 

京都市長は、外国の総領事館を京都に設置してほしい、と述べていたが、京都にある国の出身者が多ければ、自国民保護のためにその国の総領事館設置の話も出てくる。まずは、京都に外国企業の誘致をして駐在員を増やすことだ。米国の州知事や議員は、日本企業に限らず外国企業の誘致に熱心で、大型投資案件誘致、それに伴う雇用創出こそ州知事、州議会議員の手柄である。外国の総領事館があれば箔がつく、と思うところが、お公家文化が長らく息づいていた京都らしい、というところか。商人(アマゾンとか)や職人(スマホのアプリはモノづくりだろう)が出てこないとお金は落ちない。

 

美味しい食事が供されるレセプションの常で、タダ飯、タダ酒目当ての招待客も多く、私が話し込んでいたテーブルの斜め向かいには、70歳は明らかに超えていると思しき女性が、黒い帽子をかぶったまま、文字通りひたすら「食いまくっていた」!いくつになっても健啖なのはいいが、みっともない。

 

せっかくだから、と京都牛なるものの試食に長い行列の後尾に並び、やっと自分の番が回ってきたと思ったら、どこからか外務省の8年先輩の元大使が、さっと現れ横入り!これもみっともないことこの上ない。順番を守ってほしい。小学生以下だ。タダ飯を食いなれてきた、特権階級だと勘違いしている元大使をレセプションに招待して、どれだけ京都市の目指す目的が達成されるのだろうか。

 

本物の舞妓さんも素敵だったが、京都の誇るさまざまな伝統文化をこれから支えていくのは誰だろうかと案じてしまう。僧侶は税制で優遇されている。京都大学はじめ、京都にあまたある大学の理系の先生は、企業からの支援があるかもしれない。お金が自由に使えるのは、非上場の創業者社長だろうか。ホリエモンコインチェックの社長さんが京都でお茶屋遊びしているとはとても思えないが。他人事ながら、誰が京都の伝統文化を支えるのだろう。

 

文化庁の京都移転が決まった際、京都市役所には「祝文化庁京都移転」という横断幕が下がったそうだ。1000年以上、時の権力者に寄り添ってきた京都。まさか文化庁が救世主の権力者と思っているはずはないですよね。     (了)