パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

スイスの寄宿学校(2014.04.21作成)

自分の子どもが通っている学校のことを悪く言うことは、天に唾するようなものだ。

 

前回の私のアメリカン・スクールへの疑問は、ご法度をやっていることになる。が、子どもの人格形成、成績評価を人質にとられているからといって、学校への疑問が封じられるのは健全ではない。前世紀60-80年代のセクハラが、21世紀二入って14年も経過してから明らかになるのも、不思議な話だ。

 

スイスに7歳の息子を連れて単身赴任をした時のこと。世界一物価が高く、フィリッピン人のメイドの時給が2500円の国で、円安の時期も重なり、息子を朝8時から午後2時の学校に通わせ、弁当を作り、放課後はフィリッピン人のメイドに子どもの相手をしてもらいながら仕事を続けることは難しくなってきた。東京に残った夫は反対したが、赴任して1年近く経過した頃、息子をスイスの寄宿学校に入れることにした。

Le Roseyル・ロゼ、超贅沢な学校だった。

 

入学選考担当のスイス人は、この学校の卒業生だと言う。「いい学校の入学手続きは、そう簡単ではない」と勿体をつけたが、夏休みで国内にいない校長(雇われではない。オーナー校長である)と連絡をとるのに手間取っていたようだ。休暇を楽しむ大金持ちの校長から返事が返ってくるのが遅いだけだ。この「良い学校」を卒業したなれの果てが、母校の入学担当事務員とは?この人の親の投資効率は大変悪い。

 

彼はロゼでのルームメートは、森ビルの御曹司だった、と自慢げに教えてくれた。私が日本人だからだろう。

 

寄宿舎に入れると、共同のシャワー室にシャンプーやボディソープすらない。親が買って持たせるか、保証金のようなお金を学校に預け、学校に買ってもらうのである。息子のような幼い生徒も、毎回シャワー室に行くとき、自分の部屋からボディソープ、シャンプー持参だ。学校は生徒の私服に名前をつける作業もやってくれる。大変な手数料と引き換えだが、働く単身赴任の母親にとっては楽だ。洗濯もやってくれる。パンツはアイロンをかけてくれるのはいいが、いつも肌に触れる部分を表にしてたたんである。そういう仕事をするのは、たいてい東欧からの移民である。白人だから一見スイス人と区別がつかないが、スイス人は洗濯、アイロンがけの職業など選ばない。スイス人に限れば常にほぼ完全雇用だ。

 

休暇となると、スーツケースに身の回りのものを入れておいてくれる。教師や事務職員の子女の仕事だ。靴はビニール袋にも入れず、洗った衣服と一緒に、靴底の汚れた部分をそのままにして放り込む。この学校の教師や事務職員は、夏はレマン湖を一望する地で勤務し、冬は生徒とともにグスタードという高級スキーリゾートに移動する。教職員の子女も当然、ロゼで勉強している。

 

この学校のオーナーは持ち馬も、スキーリゾートも全部学校名義の所有物にして、実際は自分が一番乗馬やスキーを楽しんでいるのだろう。オーナーは税金を払っているのだろうか?

 

とにかく、仕事と子育てを両立させるために、8歳から入れてくれるところをネットで探したら、ここしかなかったのである。ネットでベビーシッターを探した若いシングルマザーと同じくらい、預かってくれるところを探すのに必死だったのだ。超高級寄宿学校であることを知るのは、入学後だ。子どもの誘拐を恐れる中南米の富豪、近頃何かと話題のロシアやウクライナの大金持ち。中東の産油国で仕事をする米国人夫婦は、子どもが女の子なので中東のその国では受け皿となる学校がない、等々さまざまの事情を抱えているが、一様に資力はある保護者だ。給料を全部つぎ込んでいたのは私くらいなものだろう。

 

学校のレベルが高いかどうかは不明。ハーバード大学やオックスフォード大学を目指すわけでもなし、地元スイスの名門チューリッヒ工科大学ローザンヌ工科大学、ジュネーブ大学への入学実績もない。同様に授業料が高い寄宿制のスイスのホテルマネジメントを学ぶ学校への実績はある。超富裕層は子女に名門大学の学歴を必要としているわけではないのだ。

 

資産運用をスイスの銀行にまかせ、子どもはスイスの寄宿学校に入れ、資産の上がりで何世代も生きていくのだろうか。スイスという国の成り立ちは、ウイリアム・テルの逸話の通り、王権(ハプスブルグ家)への反発が発端で、中流の市民が立ち上がってできた。また、山ばかりの貧しい農家の二男坊、三男坊が傭兵として、革命の際にもフランス王家を守った歴史もある。富裕層とは真逆の社会であるが、(悪?)知恵を絞って世界中の金持ちのお金(汚いお金も含め)が自国に流入するシステムを築きあげた。

 

ハーバードを目指すなんて、貧乏くさい発想はロゼの生徒にも親にもない。故ダイアナ妃が通ったというフィニッシングスクールも、同じようにレマン湖沿いの山の中腹にあったそうだが、廃校となっていた。学力的についていけないお姫様を受け入れる学校もあったということだ。

 

スキーや乗馬を楽しみ、金銭ではなく絵画という形で資産を空港内の倉庫に隠し、世界の富裕層同志でネットワークを築きあげることが目的なのだから進学実績なんかどうでもいい。高い授業料、寄宿料に悲鳴を上げたことも理由のひとつだが、こういう文化は中産階級出身の自分の肌には合わない、と判断した。幸い、夫も休暇をとってスイスに合流してくれたので、ロゼは1年で辞めた。

 

それでも、富裕層の生活を垣間見るのはよい経験だった。    (了)