パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

船長、大使、内閣総理大臣(2014.04.20作成)

韓国客船の事故は痛ましい。私も行方不明の子たちと同じ高校生の子を持つ親である。同じ状況に置かれたら、船会社の対応、政府の対応等に不満を募らせることだろう。

 

この事故では船長が真っ先に逃げ出したという。外交官時代の最後の任地がチュニジア。離任後半年で「アラブの春」と呼ばれる政変の発端となった国だ。いわゆる先進国ではない。任国が混乱に陥ったとき、大使以下大使館員は在留邦人の無事を最後まで見届けてから、自らの出国を考える。船を任国、船長を大使と考えれば、大使は邦人の最後の一人までの無事を見届けなければならない。

 

世界には200近い国がある。今では地球の果てにも日本人が住んでいる。好きで安全とは言えないその国に踏みとどまりたいという人もいるだろう。最後まで見届けることは容易ではない。

 

チュニジア日本大使館には、不思議な女性医師が大使館員として配属されていた。ワシントンやパリという拠点公館にも医務官は配属されているが、たいていの医務官は、生活環境の厳しいアフリカや中南米、アジアの開発途上国の大使館勤務だ。海外では日本の医師免許は通じないので、大使館員とその家族に対してのみ医療行為を行うことになっていた。海外勤務が初めてという英語もおぼつかない例えば農水省出身者の家族にとっては頼りになる存在だったのだろうか。「医務官がいない大使館には赴任しません」と頑張る外務省員もいるそうだ。

 

町医者ですら、内科、外科、小児科等々と分かれているのに、30年も前に合格した医師国家試験では、正確に患者の診察ができるとは思えない。特に、日本国内でなら、そこそこの開業医でも数千万円の年収が得られるのに、住居手当をあわせても年収1千5百万円程度で、生活環境が悪い開発途上国にある大使館の医務官を希望するのは、医師としては負け組の人たちと陰口をたたく人もいる。

 

(2021年1月注)新型コロナウイルスに関し、多くの医師が様々なメディアで発信している。その中に日本大使館の医務官であった経歴の方がいる。感染症は先進国より開発途上国での発症が圧倒的に多い。感染症の専門家としての知見を磨くために、大使館勤務を希望し、その知識、経験をもとに日本で活躍されているわけで、テレビのコメンテーターとしても重宝されるのだろう。大使館勤務を自身のキャリアアップに生かす医師がいる一方、責任もなく、仕事の割には給料がいい、と定年まで途上国勤務を繰り返す、かつて医師国家試験に合格したことのある人もいる。

チュニジアのこの先生は、いつもハンドバッグにバスポートと数千ドルの現金を入れていると自慢していた。いつでも逃げられるように、という準備だそうだ。在留邦人の無事を最後まで見届けてから自らの出国を考えるなんてことは、この方の想定外であったようだ。

 

韓国船の船長以下、乗客の保護について十分な訓練を受けていなかったと日本では報道されている。日本大使館の館員は在留邦人保護のために十分訓練を受けている、とは私は思わない。

それでは大使が邦人の安全確保のために身体を張ってくれるかどうか、という点については、別の機会に書いてみたい。                  (了)