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現代貨幣理論と老後に向けて2000万円の貯金(2019.06.09作成)

6月6日の大学での講義で、「現代貨幣(金融)理論」Modern Monetary Theory MMT)を学生に紹介した。

 

ウイキペディアの表現は次の通り。

「現代経済の貨幣が借用書により成立していることを捉え、政府は税収に制約される必要はなく、任意の自国通貨建て国債発行により財政支出量を調整することで、望ましいインフレレベルを目指す経済政策を行うことを理論的主柱としている。」

 

20歳前後の学生に財政赤字、消費増税社会保障財政の破綻や少子高齢化問題という、一向に心が晴れない日本の現状を伝える中で、質問を畳かけてみた。

国庫の歳出の3分の1を占める国の借金である公債は誰が買っているのか?

→銀行が銀行にある預金を使って買っている

→銀行に預金しているのは誰?

→あまりお金を使う必要がなくなった高齢者

→結果として銀行の国債購入を通じて高齢者にお金を使ってもらっていることになる

 

アルゼンチンやギリシアのように、国の借金を国外の人に外国通貨建てで(身の丈にあっていないユーロ建てのギリシアにとっては、ユーロが外国通貨のようなものだ)依存している国は破綻・デフォールトするが、日本はその心配はないと言われている。日本政府が国民に対する借金をちゃらにする=国債を償還しない、というリスクはもちろんある。実際電話債権なんて雲散霧消した。日本国民は等しく国家に収奪されたのだ。

 

日本や中国のような外国がドル建ての米国債を大量に購入しているが、米国はドルをどんどん印刷して返済に使えば済む、対外的債務は問題ない、という考え方は昔からあった。

 

かつて日本の巨額の財政赤字を理由に、日本の国債の格付けをボツワナというアフリカ南部の国並みに引引きき下げた米国の格付け会社があった。こういう格付け会社が、リーマンショック前は破綻しそうな会社にもトリプルAを付与していたのだ。世紀が変わる前後に巨額の粉飾決算の挙句破たんしたエネルギー会社エンロンも高い格付けを謳歌していた。いずれも格付け会社が、格付けされる会社から厚遇を受けていた、という不透明な関係が背景にあった。

 

日本の財政赤字を憂え、家計同様、身の丈にあった消費(歳出)にとどめることは大事だが、財政の均衡をなんとしても維持しなければという原理主義的発想から、一歩下がって俯瞰する必要がある。急速な少子高齢化と人生100年時代は人類史上初めての経験である。ハイパーインフレに苦しんだ歴史的事実を踏まえた財政均衡主義は正しい時もあったが、今直面している現実は人類にとって未知の世界である。異端とされるの経済理論が出てきてもおかしくない。

 

財務省ボツワナ国債並みに日本国債が格下げされた際、日本の経済ファンダメンタルズとともに日本国債が自国通貨建てであることも反論の材料にしていた。その一方で、自国民には消費税率を上げないと財政が立ち行かない、という財政均衡理論も展開してきた。今回のMMT、自国通貨でいくらでも国債発行しても問題ないというわけだから、財務省にとっては、複雑な思いだろう。

 

折しも、金融庁が人生100年時代、2000万円の貯金がないと老後は不安定、という趣旨の発表をして火消しに追われている。年金を含む社会保障費が足りなくなるのなら、MMTによれば、どんどん円建て国債を発行して余裕のある人の銀行預金で買ってもらえば済む。今の若い人たち年金受給年齢になっても、これを続ければお金は回る。

 

世代間格差を強調する人がいる。道路が舗装され、トイレがきれいになり、蛇口をひねればお湯が出る生活、都会の公共交通機関にはエレベーターやエスカレーターが設置され、バリアフリーが充実してきている。若い人にとっては、今享受している生活の利便性、快適さは全て自分より上の世代が働き税金を納め、下水道を完備させ、ガス会社、電力会社、鉄道会社の利益にも貢献した成果である。大学の講義では学生にこの点を説明している。いたずらに高齢者対若者を強調しては、現実がみえなくなる。まだ税金も納めていない(あるいはt大して納めてもいない)世代は、これら便利で快適な生活のフリーライダーかもしれない。

 

いずれにしろ、2000万円貯金せよとか運用せよとか、政府の言うことに従う必要はない。この点は、前回のエントリーで岸恵子さんの戦時中の確信(大人の言うことを信じたからといってうまくいく保証はない)に全面賛成である。外務省に入省した時、「領事移住部」という部署の仕事内容を知って驚いた。戦後、政府が過剰人口対策として中南米への移住を推進したが、実際は荒れた土地で、ろくに耕作もできない、「ひどいじゃないか、どうしてくれるんだ」と訴える移住者のクレーム処理が最大の業務であった。子沢山の頃に政策を誤った政府が、少子高齢化になんら効果的な対策を講じることもできないでいる。厳しい年金財政対策として、政府が国民に、貯金せよ、運用せよ、70歳まで働けと言っているが、真剣にとらえる必要はない。

 

政府が何といおうが、時代がどう変わろうが、日本国内だけでなく、難民になっても世界で生きていける力をつけて大学を卒業してほしい、というのが、話題になった上野千鶴子名誉教授の東大入学式における祝辞のメッセージであった。国に頼るな、なんて半世紀以上も前にケネディ大統領が言っている。

 

  • And so, my fellow Americans, ask not what your country can do for you -- ask what you can do for your country.             (了)