パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

李登輝氏の死に想うー日本のMr. Democracyは?(2020.08.01作成)

22歳まで日本人だった、と胸を張って下さった台湾の李登輝元総統730日、亡くなった。97歳。大往生だ。波乱に満ちたアジアの20世紀を華やかに彩る登場人物のひとりだ。蒋介石総統、その夫人宋美齢も少し時代はズレるが、キラキラとした主役だ。これだけの華やかな人たちに引けを取らない日本人共演者は、李香蘭、後の外交官夫人、国会議員の大鷹淑子さんくらいなものだろうか?戦犯が多いので、役者候補の数が少ない。昭和天皇は間違いなく主役のひとりだが、いかんせん華がない。

 

外務省に入省して、大鷹三兄弟という名を耳にした。兄弟3人とも外交官だというのである。そのうちのおひとりと李香蘭さんは結婚していた。兄弟皆同じ役所に勤めるというのも不思議な話だが、今は子供の数が少ないから、そもそも3兄弟などいそうもないので、一家総出で同じ役所という例はもうないのだろう。阿南さん、という先輩も外務省にいた。1945815日に割腹自殺した阿南惟幾陸軍大臣の息子さんだそうだ。なんか、とんでもない役所に入ったな、と大阪のサラリーマンの娘としては、気後れがした。

 

日本史の登場人物とは何の関係もない地方出身者でも、仕事を通じて動く現代史の一コマに触れることがいくつかあった。以前のエントリーに書いた金大中韓国大統領と小渕首相との首脳会談後の共同記者会見である。多分、日韓の現代史の中で、最も両国の首脳が互いに気遣い、関係改善に進みたいというケミストリーが一致した時だった。

 

金大中大統領は「東洋のネルソン・マンデラ」と英字紙に形容されていた。今も休戦状態に過ぎず38度線で睨みあう南北朝鮮だが、民主化前の韓国では文字通り「軍事独裁政権」が続き、クーデターもあった。ナチスゲシュタポソ連KGBを彷彿させる韓国KCIAは、民主化運動の指導者金大中氏を日本のホテルグランドパレスから「拉致」した。「拉致」は北朝鮮だけではなく、韓国も手を染めていたのである。死の淵を見、何度も投獄、自宅軟禁されながらも不死鳥のようによみがえり、民主的に選ばれた大統領となった。まさに「東洋の」ネルソン・マンデラだ。

 

李登輝氏は英語メディアでMr. Democracyと呼ばれたそうである。毛沢東の共産革命後、大陸から逃れてきた国民党支配の中で、台湾で初めて民主的に選ばれた総統だそうだ。李登輝氏は1923年、金大中氏は1925年生まれで、ともに日本の統治を経験している。

 

日本の現代史には李総統や金大統領のような民主化のスターはいない。20世紀の真ん中の数十年は軍人と戦争、敗戦が影を落とす。戦後の民主化は占領軍主導の出来事で、20世紀の最期の四半世紀は、「自主憲法」への渇望とは天皇制、家父長主義への懐古と同義でもあり、およそ民主主義が前進したとは言えまい。みんな忘れているが、森友事件は、教育勅語を幼稚園児に暗唱させるけったいな夫婦が、安倍晋三記念小学校なんちゃらを創設しようとし、安倍昭恵さんは名誉校長という奇妙な話だった。安倍さんをミスター・デモクラシーと考える人はよもやいまい。安倍さんが「自由と民主主義という価値観を共有し」と声を張り上げる時、「日本は中国とは違う」という枕詞を述べているだけに聞こえる。オバマ大統領とはそりが合わなかったと言われている。トランプ大統領と仲がいいのは、ともに、はなから民主主義なんて尊重する気がないからだろう。二人にとって「選挙」は政治的な手続きに過ぎない。

 

日本の場合、台湾や韓国が国家(台湾を国家というと大陸中国は怒る)として存在する前の20世紀初頭に「大正デモクラシー」運動で、(男子のみだが)普通選挙を実現させている。半世紀以上早かったのだ。とすると日本のMr. Democracy 原敬か?「板垣死すとも自由は死なず」という名セリフを残した自由民権運動の指導者、百円札に肖像画が使われた板垣退助もいる。

 

Black Lives Matterの叫びの中、歴史上の偉人は21世紀の視点で見れば、ほとんどが人種差別主義者のセクハラ男だ。アジアにおいて日本はもっと積極的な役割を果たすべきだ、アメリカ追随ではだめだと李登輝氏は考えてくれていたという。安倍さん、麻生さんが想定する日本の役割とは何だろう?不安になる。