パブリック・ディプロマシー日本外交に望むこと

34年間の外交官生活を振り返って

歴史教育と外交官養成(2020.08.12作成)

8月のこの時期は6日の広島、9日の長崎、そして15日の終戦記念日と日本の近代史を思い出す日が続く。

 

周りに外交官も商社マンもいない家庭環境の大阪で生まれ育った私が、外務省を就職先に選んだ理由は3つある。

 

  • 1.外国への憧れ(映画かテレビドラマでしかアメリカやフランスを知らず、1970年の大阪万博で初めて生の外国人を目にした)
  • 2.勉強は好きではないが、試験にはなぜか強い。合格するにはできるだけ難易度の高い試験の方が挑戦し甲斐がある。
  • 3.外務省が長い間女性を採用していなかったので、いよいよチャレンジ精神が刺激された。

 

晴れて外務省に入省し、海外研修、外交官生活となったのだが、人をからかうのが大好きなフランス人にアジア人であることを揶揄されたり、いきなり韓国人に「日本人は大嫌い」と言われたりした。が、80年代の日本外交にとって、米国や欧州との貿易摩擦が最大の懸案だったから、今日中国、韓国が持ち出すような歴史問題に直面することもなかった。当時韓国は軍事独裁国家で、中国はまだ改革開放路線が軌道に乗っていなかった。なんといっても両国とも貧しかった。特に中国は。

 

外交問題としての歴史問題に直面したのは、1989年の昭和天皇崩御からだ。当時の任地ベルギーにはオランダ語系住民も住んでおり、インドネシアにおけるオランダ人捕虜の日本に対する敵対感情が天皇の闘病中噴き出した。オランダ人の従軍慰安婦問題も話題になったが、男性の捕虜や今日の韓国人従軍慰安婦問題とは比較にならないほど、扱いは小さかった。

 

かつての交戦国から責め立てられる中、自国の「黒」歴史に直面することになる。2020年、どのようなコンテクストであれ「黒」「ブラック」という言葉を使うことは、アフリカ系の人を刺激しかねない広い意味での歴史問題になりつつあるのだが。

 

空の特攻隊に比し広くは知られていなかった海の特攻隊「回天」という、自国民に対する日本軍の非人道的な行為を知る一方、中国系アメリカ人アイリス・チャンが日本軍の南京入城の際の惨劇をRape of Nanjingという題名の本で取り上げ、日本軍の行為はヒトラーユダヤ人虐殺と同等だと主張し続けた。731部隊については、断片的な情報だけでもおぞましい。

 

広島、長崎の犠牲者は間違いなくひどい目にあった。その前の東京大空襲沖縄戦も非武装の市民を米軍が無差別に攻撃したものだ。高校の日本史の授業では近代史は駆け足。日本人を被害者とする情報にばかり接していたのに、昭和天皇崩御から、加害者として責め立てられることが多くなった。

 

1978年の外務省研修所ではそんなこと教えてくれなかった。西洋料理を食べるマナーもないよりはあった方がいいが、日本人外交官なら嫌でも直面する歴史問題の方がはるかに大事だ。少なくとも当時はまだ歴史問題は大きな外交イシューとなっておらず、「研修」のテーマとして大々的に取り上げられることはなかった。

 

今はどうか知らない。自民党政権政党で、特に安倍長期政権の下では「黒歴史」を取り上げることは「自虐史観」として糾弾される可能性がある。忖度する役人は正面切って取り上げたくない。十分な知識、史実に裏付けられた反論と反省、未来に向けた日本の決意を語るには、個々の外交官が自分で学び、自ら考えて何とか絞り出した知恵を武器に、ひとりで外洋に漕ぎ出さねばならない。なんと非効率なことだろうか。中国、韓国は総力戦で日本の歴史を糾弾しようとしているのに。

 

これは外交官や海外駐在員だけが直面する問題ではない。海外の高校・大学への留学生も、高校生以下の駐在員の子女も、外国で自国の歴史が取り上げられる場面に直面することは間違いなくある。小泉進次郎議員はコロンビア大学に留学して、日本国首相の靖国参拝をどのように考えるか問われることはあったはずだ。十分な知識も考えも身に着けないまま外国に出ると、やみくもに自国を礼賛したり、あるいは卑下したり、はたまたポカンと口を開けるだけになる可能性がある。

 

この3月まで大学で教鞭をとっていたが、必ず1コマ90分は歴史問題に割いた。沈没させられたアリゾナが記念館になっている真珠湾、閲兵する白馬に乗った昭和天皇硫黄島の戦い、原爆投下、敗戦、ソ連侵攻、朝鮮戦争、サンフランシスコ講和会議等々の写真を見せる。自分が高校生の時、日本史の授業ですっとばされた事件ばかりだ。上皇様が、昭和の時代に日本が戦場にした地へ天皇として訪問された動きも取り上げた。交戦国の元首を迎えての天皇陛下のおことばも知っておくべきだ。日本は謝罪していない、謝罪の仕方が足りない、と言われる時の反論材料だ。外務省研修所ではこうしたことを取り上げて欲しい。フランス料理やワインは、はっきりってどうでもいい。

 

なんせ敗戦前後に資料は全部燃やしたり、壊したりした日本軍である。詳細は分かっていないとするが、相手方には残っているものもある。都合の悪い資料は破棄する。脈々と受け継がれてきた日本の役人の習性か。

 

中国や韓国の主張がすべて正しいわけではない。が、泳ぐ技術も浮き輪もないまま大海に放り出すのは無茶苦茶だし無責任だ。特に海外と交流する者については。 (了)