島根足立美術館、MoMa美術館―お金は芸術に変わる(2020.10.18作成)
9月中旬、敬老の日の4連休の前に島根県、鳥取県を旅した。東京がGoToトラベルの対象外だった頃である。
旅行会社のアレンジだった。自分で同じ日程で行ってみたらとシミュレーションしてみると、鳥取、島根の中の移動は、公共交通機関では非常に効率が悪く、現地でレンタカーを借りる気になれなかったので、久方ぶりに小人数の団体旅行への参加を決意した。行きは寝台車「出雲」で横になれる。「揺れるので眠れない」という不満を漏らす人もいたが、帰りの7時間近い鳥取、岡山、新大阪経由の東京戻りでは腰が痛くなった。山陰は首都圏からは遠い。
生まれて初めて行く出雲大社は閑散としていた。古い町並みが残っているという倉吉は、店がまだ開店していない午前9時にバスで到着したせいか、静かだった。
http://www.adachi-museum.or.jp
・横山大観のコレクションは美術の教科書に掲載されている「無我」をはじめ大変な所蔵数だ。
・名取裕子主演の映画「序の舞」でその生涯を垣間見た上村松園の作品も多数あった。女性の地位が今よりはるかに低く、セクハラ、パワハラの概念すらない時代にシングルマザーになり、印象に残る名画を多数残した大好きな画家である。
・美食家として有名な北大路魯山人も特別展で取り上げられていた。料理にとどまらず、画家、書道家、陶芸家等の幅広い芸術に才能を発揮した人だそうだ。
とにかく所蔵品のそれぞれが逸品で、解説を読みながら鑑賞していると時間がいくらあっても足らなかった。この美術館の創設者の足立全康氏は、1899年貧農の生まれで、学歴は尋常小学校卒。大八車で炭を売り歩く際に工夫を凝らし、基礎となる資産を手にしたという。不動産で更に財を増やし、長年に渡り多くの名画を蒐集してきたそうだ。
近年の日本人の美術収集は元ZOZOTOWN社長のパスキア落札とか、バブルのころの安田火災によるゴッホのひまわり落札が有名だ。安田財閥だからゾゾ同様創業家、当時は道楽も許されていたのだろう。サラリーマン社長では取締役会や株主の声を気にせざるを得ない。シェアハウス「かぼちゃの馬車」への投資で不正融資をしたスルガ銀行創業家にも、ビュッフェのコレクションがあった。芸術にお金を投じるには創業家でないと自由がない。会社とは別に財団法人を設立して、お金を本業以外に回せる仕組みを作るのだろう。
ニューヨークのMusium of Modern Art 通称MoMaのセザンヌ、ゴッホやゴーギャンの所蔵品が日本で公開された時、欧州の印象派がまだまだ売れていない頃に自らの審美眼を信じて蒐集した米国の資産家たちの目利きぶりに感動したものだ。パスキアもゴッホも名声が固まってからの高額落札だ。将来性が不明な事業の種を見出す投資家同様、「この絵画はすごい、きっと目が出る」と自身の鑑定眼を信じて、まだ値が安いうちに芸術投資するには能力がいる。
足立全康氏が日本画を集めた頃、その画家たちの名声が固まっていたのかどうかはもっと調べなければならないが、日本にも自らの審美眼を信じ、絵画を手に入れるだけの財力のあった人がいることを確認できて、非常にうれしかった。
広大な庭もすごい。日本の規模の大きい名庭園は大名、寺社仏閣に起源を有するものが大半だ。富豪の豪邸の庭ももちろんある。足立美術館の庭は、枯山水、白砂青松、苔等の複数のスタイルを集める規模の大きさ、手入れの良さに目を見張る。
宮内庁管轄や国立、都立等公立の庭園では維持費は税金に頼っており、手入れが十分でない時もある。公立だと入館料、入園料もそれほど高く設定できない。足立美術館の大人の個人入館料は2300円。あれだけのコレクションと庭にしては安すぎるくらいだ。学生は割引があるが、高齢者割引がないのもいい。若い人は審美眼を養うために良いもの接する必要があるが、普通に生活ができる日本の高齢者の仕事はお金を使うことである。審美眼は若いうちに養っておくべきだったのだ。足立全康氏は貧農に生まれ、たぐいまれなる商才を発揮しながら、美しいもの、おいしいものに触れる自分への投資を怠らなかったのだろう。
柳井さん、三木谷さん、孫さんもそろそろ後世の人をアッといわせるものにお金を投じて欲しい。GoToで潤っている星野リゾートの星野さんの場合は、まず雇用を確保すれば、残りの儲けは宿の建物、絵画等の調度品、内装、庭、それに美食まですべて芸術といえるものに投資できる。賢い事業だ。その割には、軽井沢の「星のや」もあちこちに点在する「界」も足立美術館に比すれば、大したことはない。調度品、壁紙、壁布にはもっとお金をかけることができるはずだ。星野財団でも作っていただくか?